疲労。
最近、偏頭痛が酷い。
頭が重く、ズキズキする。
仕事では、すでに単独で何社もお客様を抱え、
事務量も膨大なものとなっているため、
入社半年でのプレッシャーは正直相当なもの。
自分が失敗すれば、相手企業の経営が傾くことにも
なりかねない。先方とのアポ入れと事務の期限とが重なり、
眩暈がするくらい時間がぎゅうぎゅうだ。
「やりがい」という言葉にしたら、とんでもなく満足できるだろうが、
そういった次元をはるかに上回る状況に置かれると、
人間は「充実」を超えたところで「やっつけ仕事」をするようになる
ということを最近知った。
だが、そんなことで社会が回っていると思うとちょっと怖くなる。
経済学でいう「ケインズの美人投票」とは少し違うが、
たとえば、自分が企業の格付けを①~②下げたとする。
それによってその企業は引当金を大きく積み増すことになる。
結果、収益性は悪化し、RACERは大幅なマイナスとなることもある。
そうなれば、その企業は市場から撤退を余儀なくされる
ということもありうるわけだ。
つまり、格付というある意味で社会的に根拠の不透明なイメージ
によって、引当金という現実的な対処法をもって企業は対応を
余儀なくされるのだ。そして、企業の株価もまたそのイメージ
によって大きく変動する可能性を秘めている。
それはまさに、「自分ではなく他者が美しいと思う人に投票する」
というケインズの理論にどことなく近しいものを感じる。
投資家は、他者が「悪」と判断するであろうものからは、
早期に撤退するのが常だからだ。
しかしそれが、社会人になって間もない人間の手によって
当然のようになされているとしたら・・・やはり怖いだろう。
格付会社はその信憑性に関わらず、
多大な社会性公共性を担っているといわれているが、
それは本当に恐ろしいことだと現場の実体験から感じる。
自分のつける格付によって、
日本中の多くの業界の企業がその栄枯盛衰に
影響を受ける。まるで手のひらに社会が乗っかっていると
錯覚してしまうほどに・・・。
充実感、満足感、達成感とともに込み上げるのは・・・やはり恐怖感だ。
何しろ、それらが若干23歳の若者に委ねられているのだから。
偏頭痛以外にも、最近のカラダはどこかおかしい。
仕事では、上司も不可能だと叫ぶほど
物理的に不可能な数字を突きつけてくるから、
当然、残業しても終わらず、持ち帰って仕事することになる。
資格試験や通信講座、研修課題などもあわせると、
睡眠時間はほぼ無い。
気付けば朝方・・・というのが最近の日常となってしまった。
口には口内炎ができ、唾は血の味がする。体重も当然下降↓↓。
肩こりも激しく、休日ゆっくり休んでも(実際は勉強だが・・・w)、
疲れがとれる気配は一向にない。
23歳社会人暦半年・・・まさか肩こりで悩むとは想定外だった(苦笑)
朝は、胃がムカムカし、気持ち悪くて食欲もわかない。
同期の半分以上が朝食をとっていない。
昼食も、時間がないので先週は一回もとれなかった。
結果、一日の食事は夕飯の一食のみ。
仕事上、パソコン画面の見過ぎで瞼が痙攣する。
帰りの電車では、立ちながら寝る術を覚えた。
満員電車は、ちょっと失礼だが、寄りかかるのに調度いい。
う~ん・・・。
ちょっとやばいかもしれないな。
同期は、過労とストレスで白髪だらけになった奴もいるし。
先日、俺の髪にも数本の白髪があった。勘弁して欲しい。
もともと業界的に若白髪は多いのだが、
少しずつ、目に見えて疲労がたまっているようだ。
先輩には発狂して本部に収容された人もいるが、
こういう環境は、古い体質の企業にはよくあるのだろうか。
だが、どんなに辛い状況でも、4年はそこにいるべきだと
今月号の「日経ビジネスAssocie」に書いてあった。
現状では、その意見に賛成だ。
当然例外はあるだろうが、そのぐらいいないと
その企業の酸いも甘いも知ることはできない。
企業の良い部分だけでなく、悪い部分=直すべき部分を知ることは
大いに今後のビジネス人生において役立つと思う。
どうにもならないであろうさまざまな「大企業病」もそのひとつだ。
いまは、何でも学んでやろうという気概を持って、
ある意味で会社に対して覚めた感情で喰らいつこうと思う。
嫌な上司も、付き合いにくい同期も、すべては自分次第。
コミュニケーション能力を高めるのにもってこいだ。
睡眠時間が限りなく少ないのも、考え方によってはラッキーだ。
負けてなるものか。
いつか、この会社を自分から突き放して
見捨ててやるくらいの魂を持って、
今日という日を締めくくり、明日への糧としたい。
ただひとこと。自分へのアドバイス。
本当に限界だと感じたら、一歩引くのも大切だよ。
それまでは、死に物狂いで今を生きなさい!